2019/07/23 |
ゼブラフィッシュの医学研究活用は、PubMedによると1948年より36,338論文報告されているが、2018年は3150報であり2019年にはさらに論文が増加すると思われる(マウス;1844年から1、684、083論文、ラット;1872年から1、716、042論文、ショウジョバエ;1906年から105、416論文、線虫;1949年から30,950論文、酵母;1800年から278、744論文)。これらの研究成果は、ゼブラフィッシュ創薬に重要な基盤情報を与えている。現在までの創薬は、ハイスループットが可能なiPS細胞やES細胞などのヒト細胞や、ロースループットながら深いin vivoメカニズム解析に活用してきた哺乳類モデルが2大モデル生物であった。そして、ゼブラフィッシュはin vivoハイスループットスクリーニングが実現する唯一のモデル脊椎動物であり、創薬モデル生物の第三極を形成し、全く新しいパラダイムを実現することになる。
ここで、ゼブラフィッシュについて簡単に述べておこう。脊椎動物であるゼブラフィッシュは、ヒト疾患ゲノムにおける相同性が約80%ある。ゼブラフィッシュ胚は、受精後1日で心拍動が認められる等、臓器形成が著しく早く、また、交配時には1組1回で約200個の受精卵を得ることができる。そして、受精卵も含め、体長3mmの稚魚は透明で、精密なフェノタイプ解析を可能にし、96穴プレートを用いれば、1mg以下の各化合物でin vivoにおける薬効と安全性の大規模スクリーニングが完了できる。また、動物愛護との調和性が高く、欧米では早くから活用されている。
実際ヨーロッパでは2008年からはラットを抜いて、ゼブラフィッシュがマウスの次に頻用されているモデル生物となっている。さらに、世界中で多数のゼブラフィッシュ創薬ベンチャーが創業している。また、国際的メガファーマが、薬効・安全性研究でゼブラフィッシュを積極的に活用している。ここでは初期にゼブラフィッシュフェノタイプスクリーニングが新薬開発に著効した成功5例を紹介する。
1)ゼブラフィッシュスクリーニングによりプロスタグランジンE2安定誘導体が造血幹細胞を増加させる化合物として2007年に報告された。これはゼブラフィッシュ創薬のフロントランナーであり、2014年の臨床試験第二相においては、白血病とリンパ腫における臍帯血移植前のex vivo調製薬として使用されている。
2)ORC-13661は、米国ワシントン大学(シアトル)におけるゼブラフィッシュにおけるアミノグリコシド性難聴に対する予防薬として開発され、アミノグリコシドによる有毛細胞死を防止する化合物として臨床試験に突入している。
3)ゼブラフィッシュ創薬によるオーファンドラッグの典型例としてのEPX-300は、Dravet症候群の希少疾病用医薬品として米国FDAから指定を受けた。
4)2009年に、ゼブラフィッシュ急性骨髄性白血病モデルによる既存薬スクリーニングから、シクロオキシゲナーゼ(COX)2阻害薬の有効性が発見された。そして、急性骨髄白血病と骨髄異型性症候群のCOX阻害薬による臨床試験が開始されている。
5)kcnh2遺伝子変異によるゼブラフィッシュLQTtype2症候群モデルによる1200の既存薬スクリーニングの結果、糖質コルチコイドflurandrenolideに強力な薬効が見出された。
特筆すべきことに、これら5例はすべてヒト病態モデルゼブラフィッシュによるフェノタイプスクリーニングがスタート点になっている。すなわち従来のオミクス解析から決定した創薬ターゲットによるリバース薬理学が、現状ではあまりに確率が悪い状況にあり、画期的新薬の62%がフェノタイプ創薬で見出されていること、つまり現代オミクス医学において、ヒト臨床病態情報から臨床的に有効な創薬ターゲットにたどり着く分子還元主義の確率が高くないことを明確に示唆していることになる。この苦境を打破する創薬戦略として、ヒト臨床病態を可能な限り正確に面(フェノタイプ)として写し取るヒト病態モデルゼブラフィッシュによるフェノタイプスクリーニングが注目され、シード化合物の発見に利用されてきている。
以上の実績から、ゼブラフィッシュ創薬は、単なる安価なマウスや追加的薬理試験ではなく、フォワード薬理学とリバース薬理学を統合したものであり、最終的には強力なPK/PDモデルとして構築され、真に21世紀的システムズ薬理学戦略であることが明らかである。特にゼブラフィッシュ創薬の原理的な特徴は、ヒト臨床病態を正確に写し取ったヒト病態モデルゼブラフィッシュによるフェノタイプスクリーニングから開始することであり、薬理フェノミクスを創薬エンジンとする新世代フォワード薬理学として確立されつつある。またゼブラフィッシュ創薬は、単なる遺伝子やタンパク質ネットワークの相互作用の変化をシュミレーションするといったシステムズ生物学の薬理応用ではなく、全く新しい創薬パラダイムを、我々に提示してくれている。そして、ゼブラフィッシュ創薬は確実に第三極の開発戦略を提供しており、今後創薬全体への影響が明らかになると思われ、わが国でも先進的な製薬や食品おける取り組みがなされ、発展が期待されている。