2020/05/26 |
現時点で診断はできるけれども治療法がなかったり治療効果が低
かったりといった、患者さんの満足度が低い疾患は現代でも数多
くあります。代表的なものはガンです。治せるガンも少しありま
すが、多くは治せず悲しい結果になってしまう現状が依然として
あります。ガンの種類にもよりますが、一般論として抗がん剤が
効く確率は約3割と言われています。
理由は、想定された抗がん剤のターゲット分子が必ずしもストラ
イクゾーンではなかったり、同じガンで同じ抗がん剤を使って
も7割の患者さんには効かなかったり、ということが起こるためです。効く人(リスポンダー)と効かない人(ノンリスポンダー)がいるのは、民族差や個体差がひとつの大きな要因と言われています。個体差というのは一般論として32億塩基対の内1,000塩基対ごとにある1塩基の違い、つまり多型(SNPs)が関わっていると言われているのはご存知でしょう。
どのSNPsが何に関与しているかは研究されているところなのでまだはっきりとはしていませんが、個体差が効かない理由として大きいことはわかっています。そこで残念ながら抗がん剤は、7割の人には効かないことが分かっていつつも投与されています。抗がん剤にも副作用
がありますが、患者さんにとっていちばんよくない結果は、全く効かないのに副作用だけが現れることです。
まず我々が行いたいのは、ある患者さんにとって投与する抗がん剤が効くのか効かないのかを事前に調べることです。効かない場合は投与しないわけです。言うは易しですが、意外と世界中で実現していません。ガン毎に最初に投与する抗がん剤というものはガイドラインや
世界中の臨床医の報告から推奨が決まっているので使わざるを得ませんが、現状は7割の人には効かないのです。効くのか効かないのかを投与する前に知ることができれば、個別化医療/precision medicine(精密医療)が実現されます。この実現のために世界中で行われてい
る研究では、SNPsを始めとしたジェノタイピングが主です。次世代シーケンサーの登場や塩基配列解析のコストダウンでだいぶこなれてきているとは思いますが、そこから得られる情報にはまだ確実なものが少なく、表現型(フェノタイプ)と遺伝子型(ジェノタイプ)をつ
なげるところが希薄なのが現状です。ジェノタイピングで得た情報からスクリーニングすることをリバースジェネティクスと言いますが、従来はこれが主でした。
しかし近年ではフェノタイプで得た情報が患者さんへの効きと非常に相関があることが分かってきています。これをフォワードジェネティクスと言いまして、主にマウスを使った患者ガン移植モデルにより研究されています。抗がん剤の種類によってはコンパニオン診断と
言って、検査を組み合わせて効く効かないがある程度事前に分かるものもあって一定の成果が出ていますが、対応しているガンの種類がまだ少ないという状況です。mRNAの発現レベルやバイオマーカー等を駆使しても、いまだリスポンダーとノンリスポンダーの区別がつき
ません。世界的に行われているのは、患者さんのガンを頂いて重症免疫不全のマウスに移植し、そのマウスに抗がん剤を投与して効いたら患者さんに投与するという手法です。
しかしこの手法は、コストと時間がとてもかかります。角砂糖1個分ぐらいのガン組織を患者さんから頂いて1匹のマウスに移植します。免疫系を重度に壊してあるマウスなので生着しやすくはありますが、生着しない場合もあります。さらに1マウスに1剤1濃度でしか投与できま
せん。投与しなくてもガン組織が消えてしまうこともあります。対照を用意しないと効きが判定できませんし、そもそも1匹だけでは正確に判定できないので10匹程度には移植したいところなのですが、そうなると患者さんから頂いた角砂糖1個分のガン組織を2〜3世代移植し
て十分に増やす必要があります(マウス1匹あたり10万個以上のガン細胞が必要)。
そうなると判定するのに1年ぐらいかかり、進行の早いガンの場合、その間に患者さんが亡くなってしまうため間に合いません。今後の患者さんの治療に役立てるための研究、と言うしかないわけですが、いま苦しんでいる患者さんにとっては何の役にも立たないということは、個別化医療・精密医療というにはまだほど遠いと言わざるを得ません。
このようなアンメットメディカルニーズに応えるために、マウスではなくゼブラフィッシュを用いたスクリーニング系を研究開発しています。