2013/02/25 |
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システムズ薬理学の新しい展開
システムズ薬理学プロジェクト研究室長 田中利男
21世紀創薬のボトルネック
現在なお治療が困難な難治性疾患(アンメットメディカルニーズ、unmet medical needs)に対する新しい治療法開発は、特に21世紀に入ってから困難を極めてきました。たとえば、世界の2008−2010年における第二相の成功率はわずか18%であり、これをくぐり抜けたはずの第三相における成功率が約50%であることは、国際的にも重大で深刻な問題として受け止められています。特に問題視されたのは、これら失敗原因の多くが、不充分な薬効であることからグローバルに薬理学が、その役割を果たしていないのではないかと考えられるようになりました。この危機的状況に対して素早く対応したのは、医療産業において国際的リーダーシップをとり続けることを国家戦略にしている米国でした。
米国における創薬戦略としてのシステムズ薬理学
米国NIHは、2008年9月には、アカデミア、製薬企業、FDAなどの先端的研究者達による第一回ワークショップを開催しました。その後、2010年に第二回ワークショップを開催し、2011年10月には、全世界に衝撃を与えた白書(http://www.nigms.nih.gov/nr/rdonlyres/8ecb1f7c-be3b-431f-89e6-a43411811ab1/0/systemspharmawpsorger2011.pdf)を報告しました。この白書は、約50ページにわたる大作ですが、世界中の人が読むことが出来ますので、その詳細を解説することは、別の機会に譲りますが、我々が重視しているポイントについて、ご紹介します。この白書は,ハーバード大学医学部システムズ生物学のRebecca Wardが、編集長を務めていることもありシステムズ生物学が基盤となっています。しかしこの白書の共著者は、システムズ薬理学開祖の一人であるマウントサイナイ医科大学Ravi Iyengar等多彩であり、単なるシステムズ生物学の薬理学への応用と言った安易な結論には帰結していないところが、興味深いと思われます。この白書は、最終的には全く新しい科学としてQuantitative and Systems Pharmacology (QSP,システムズ薬理学)の創成を提案しています。それに伴いシステムズ薬理学に関する論文が世界で爆発的に出版されるようになっただけではなく、システムズ薬理学に特化した学術誌(CPT: Pharmacometrics and Systems PharamacologyyやSystems Pharamcology等)や書籍が刊行されています。さらにハーバード大学医学部などにシステムズ薬理学のプログラムが構築されています。しかしながらこのシステムズ薬理学は、2011年に米国NIHにより再定義されてからまだ1年半しか経過していないため、世界中で多彩な定義と研究戦略によりこのシステムズ薬理学が展開されているのが現状であります。システムズ薬理学を構成する研究分野は、薬理学を核に、オミックス医学やバイオインフォマティクスなどすべてのバイオメディカルテクノロジーを総動員する学融的研究領域で、長い医学研究の歴史の中でも全く新しいマルチデシプリンであり、革命的な教育プログラム刷新の必要性が強調されています。しかしながら現時点においては、具体的なシステムズ薬理学の世界共通の研究戦略を総合的に提示するに至っていないのが現状です。
エマージングモデルとしてのゼブラフィッシュ
ゼブラフィッシュが医学研究に使用されだしたのは、PubMedでは1955年から記録されているが、1年間に10編以上のゼブラフィッシュ論文が出版されるのは1985年以降になります。その後、年間100編以上になったのは1994年以降、1,000編以上が2004年で、ついに2012年には2,000論文が出版されるようになり、今年に入ってもその勢いは激しく3,000報は軽く超えると思われる。ゼブラフィッシュ研究の国際的Center of Excellenceであるオレゴン大学へ、研究室のすべての教員や大学院生が何度も研修に行き始めた頃に、世界からゼブラフィッシュ創薬科学の論文が報告されました。ゼブラフィッシュゲノムはヒトと約80%の相同性があり、遺伝子操作やゲノム改変が容易で、受精後1日で心拍動が認められる等臓器形成が著しく早く、1組1回で200〜300個の受精卵が得られ、動物愛顧との調和性が高いことが、欧米で早くから活用されている理由です。さらに、体長3mmの稚魚で、精密なフェノタイプ解析を96穴プレートで、2mg以下の各化合物でin vivoにおける薬効と安全性の大規模スクリーニングが完了できる等の極めて多くの特徴が認められる新しいヒト疾患モデル動物です。
三重大学におけるシステムズ薬理学戦略
さらに、色素欠損ラインや細胞特異的蛍光蛋白トランスジェニックゼブラフィッシュの交配を繰り返し、各ヒト疾患モデルのライブin vivoイメージング用ゼブラフィッシュを現時点で16種類以上開発しています。一方トランスジェニックゼブラフィッシュでカバーできない生体内細胞ライブin vivoイメージング用プローブを多数創製し、各病態イメージングに活用しています。これらの基盤技術をさらに強化して、オミックスデータに対応できるフェノームデータベースを構築するため、ライブin vivoイメージングをコアに、自動化、高速化、定量化、高度化、高密度化等の実現を目指しています。また最近の国際的潮流であるオーファン創薬のためのヒト単一遺伝子疾患モデルに加え、メタボリックシンドロームなどのヒト多因子疾患モデルやヒトがん移植モデルを、新しく創成し、いくつかのケミカルライブラリー探索研究を開始し、新規の治療薬やイメージングプローブの創成をターゲットにしております。これら10年以上の準備期間を経て,ようやく社会の関心を少し得てマスメディアに紹介されるとともに、製薬会社の支援を得て、三重大学において我国初の定量的システムズ薬理学プロジェクト研究室を2013年1月1日に創設することが可能になりました。このようなゼブラフィッシュを基盤にした定量的システムズ薬理学(Zebrafish-based Quantitative and Systems Pharmacology;ZQSP)は、世界にその例が無く、今後国際的にインパクトのある情報発信拠点になることを目指して展開していきますので、皆様のご理解とご支援を,お願いします。